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お知らせ

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お知らせ

小学校の校章

 
 

開智小学校

 旧開智小学校当時の、明治31年11月3日に制定。伸びゆく若葉を形取っている。松は、いかなる難にも耐え忍んで伸びていく若い生命力を象徴している。3つの葉は、校訓「愛・正・剛」を示している。

  
  

源池小学校

 源池尋常小学校と改称されたことに伴い、昭和11年4月29日に全校児童に披露。松の枝3本の中央に源の文字一字を入れ、源池小学校を表した。3本の枝は校訓の「愛・正・柔」を示している。

 

筑摩小学校

  昭和10年制定。周りは松の枝を表している。松は「松本」の「松」に因み、嫩松の枝をデザインし用いられている。3本の松は校訓である「愛・正・剛」の三徳を表している。中央の「筑」は、筑摩小学校の頭文字が使われている
  

並柳小学校

 昭和58年開校時に応募のあった図案の中から、竣工記念実行委員会により選定された。松本市の旧市デザインの「松」に校名の頭文字「並」を入れている。

  

旭町小学校

 昭和11年作成。松はいかなる艱難にも耐え忍んで伸びていく若い生命力を象徴する。3つの葉は、当時の学校目標「親愛・公正・剛毅柔順」をかたどっている。その後昭和48年に「ア」をデザイン化した松の葉を囲むまわりの部分が付け加えられ、現在の校章となった。

  

田川小学校

 昭和10年4月、それまで松本全市1校制となり、田川部は田川尋常小学校となったのを機会に、翌11年4月に制定された。松の三枝が図案化されたもので、三枝はそれぞれ「愛」「正」「剛」を象徴している。他の部校と区別するため、中央部に各校の頭文字を入れたが、田川小と田町小(現在開智小と合併)は頭文字が同じため、田川小だけは、下部へ「川」を図案化して入れた。

  

鎌田小学校

 松本にちなんで松の図柄が選ばれ、鎌田部の頭文字を中央に配してできたと思われる。

  

開明小学校

 この校章は「古くから松本市の小学校は、伝統的に松のマークに校名を入れて校章とするのが通例であり、この伝統に従うのがよい」との伊藤朝雄校長の英断により、新校舎落成の昭和46年4月から使われている。

 清水小学校

  松本尋常小学校清水部開校の昭和3年4月に制定されたと思われる。松本にちなんで松の図柄が選ばれ、各部校の頭文字を中央に配した。三つ葉は「愛・正・剛」をかたどる。
 島内小学校

  昭和33年に、中屋雅温氏の考案した図案により制定された。松本を松葉によって象徴させるとともに、松葉4枚をつなげることにより「協力」を意味する。そして、内包する個性、力を元気いっぱい、精一杯、放たれた矢のごとく四方へまっすぐ伸ばしてほしい、という願いが込められている。
 島立小学校

  三本松に「島」の字を大きく入れたもの。昭和30年11月15日、体育館竣工記念式典の際に新校章として披露された。
  

山辺小学校

 昭和49年統合開校とともに制定。左右の三角形は統合した入・里両校の伝統と歴史を表すとともに心身ともに健全で調和のとれた育成への願いを表す。真ん中の不整形の菱形は、上方は美ヶ原、下方は薄川の清流を形どり、理想は高く、実践は清らかにという願いが込められている。

  岡田小学校

 所四出男氏と瀧澤富士松氏の作品を合作し、昭和14年8月22日決定された。外縁は、険しい日本のアルプスとなだらかな筑摩山地をイメージさせ、それらの山々に囲まれた岡田の地を正六角形で表している。
 芝沢小学校

  昭和49年から制定準備が始まり、応募のあった図案の中から西原比呂志画伯が選定・補作した。市の木「松」の中へ市の花「れんげつつじ」を配し、中央に「芝」の字が書かれたものである。昭和50年の校歌・校章制定記念発表会にて披露された。
 芳川小学校

 アルプスの山を表す三つの峯と、松本市を表す松葉によって囲まれ地は田園を表し、そこに小学校の「小」の字と四つの川(四ヶ堰)を表している。昭和29年に、地域の方に公募し、設定された。 
 寿小学校

 

 明治34年制定。明治22年、小赤村・豊丘村・白瀬渕村の三ヵ村が合併して寿村となる。その時の村名「壽」の漢字のまわりを梅の花びらが取り囲む。学問の神様である天神様にちなみ、学問の道により村の発展を願った先人の気風を示している。

 
 明善小学校

 

昭和49年開校。地域住民の要望に基づき、、当地ゆかりのある明善学校の名を継承し命名。校章は昭和51年、地域の公募より、「周りは若葉を示し、中の菱形は山が四方にある」大自然の懐に抱かれた母校を示す図案を元に、選定補作者の西沢洋氏によって策定された。

 
  今井小学校

 
 
 

 昭和38年、信州大学教育学部松本分校教官宮坂彦一氏により、応募図案の精神を勘案して作成された。四方若松、中央に今の字を配した校章が、同年11月2日の90周年式典で校歌とともに披露された。

  菅野小学校

 

 「菅野」に因み、花をつけた「すげ」を図案化した。ここには
1 少しのことにも動かされない安定感
2 何ものにも負けないすげの強さ
3 すげが互いに手を取り合っている愛情 が表現されている。

  二子小学校

 

 昭和55年開校1周年時、公募をしてその中から手塚利清氏の作品が採用され、校歌とともに発表された。学校のある昔の地名「双子」の「双」の字を両横に入れ、正面の三角はアルプスを表している。

  本郷小学校

 

 校章ができたのは明治末頃と思われるが、制定年度は不詳。デザインは浅間をめぐらす豊かな山々と西に聳える峻鋭なアルプスの山並みを象徴し、本郷の三地区(浅間・三稲・横田)の団結を表してしると言われる。

  梓川小学校

 旧梓川村の村立小学校であることを表す意味で、旧梓川村の村章の中に「小」の字をあしらっている。白地に濃紺で表すことを正規のものとし、白は深山の雪・純白の精神を表し、濃紺は山や川の高さ深さを表すと同時に教育思想の深さも表すことを意味している。

  波田小学校

 昭和8年に制定され、昭和25年に職員の小松氏によって一部図案が変更された。周りの4つの山はアルプスを、中央の四角は広い田や畑を持つ波田村、松葉二葉は学校の松林を表している。制定当時のデザインは、松葉の代わりに桜の花があしらわれていた。

  安曇小学校

 昭和42年安曇小学校と稲核小学校が統合され、それに伴って昭和43年度に校歌とともに制定された。輪郭の円は「安曇」の「安」を図案化したもので、平和を表し、三つの頂点は北アルプスの山岳を象徴すると共に本校で大切にしてきた、知育・徳育・体育を表現している。
  大野川小学校

 全国に名高い霊峰乗鞍岳の雄々しい姿と地域の方々から親しまれる梓水神社境内の御池に映る乗鞍岳の姿を図案化している。昭和31年頃の校章は中心に「小中」となっていた。平成6年の新校舎完成時に二分化してデザインされた。制定の年、作者は不明である。
  奈川小学校

 昭和31年に職員の折井久氏の考案により決定した。外郭は乗鞍岳であり、頂上に白雪を受けた状態を表し、奈川の頭文字を片仮名で「ナ」になるように美的な感覚を重視してまとめたものである。
 長野県盲学校

 大正15年7月制定。水仙の花をかたどった六弁の中央に「松」の字を入れ、上部の二弁に点字の「ま」と「も」を浮き出させた。「寒気厳しい日本国に生を受け、雪と氷とたたかって、外見弱くとも、内はどこまでも強く、心は高潔に、高貴にということを寓意したのであります。」花弁の数は点字の六点を表しているのは無論である。
 長野県ろう学校

  昭和27年に小原福治氏によってデザインされた。障害の克服をめざし、平和な世界にたどり着けるようにと考え、平和の象徴である鳩を配し、中央に「松」の字が書かれたものである。
  松本養護学校

 「あすなろ」の葉を基にデザインされ、松本平の白い頂の山々に囲まれた松本養護学校を表している。この校章には、次のような願いが込められている。「檜のように大きく立派になろうとがんばってほしい。」「どっしりとたくましく育ってほしい。」「みんなと仲良く手を取り合って。」
  寿台養護学校

 校章の中央部は、子どもをあらわす純白でやわらかい若い芽である。この芽を支えているがくは、手をかたどったもので、教育と医療、あるいは、家庭や社会をあらわしている。これらの温かい手につつまれた若い芽が、健康を回復し、たくましく育つことへの願いをあらわしている。